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2008年1月27日 (日)

「クビキリサイクル」を読んで

西尾維新「クビキリサイクル」を読んだ

まず、注目したいのは表紙の絵だった。

小説を読む際に一番気をつけなくてはいけないのは、表紙の絵。
文中の人物と表紙の絵が著しく食い違う本は少なくない。

なので、表紙の絵に人物を書かせない作家も多い中、この作品は違った。
美少女として記号化された髪の青い女性が描いてある。
現在、ライトノベルで採用される人物イラストレーションは、写実画ではない。
写実画ではないということは、実際の人物と幾つかの部分で相違があるということだ。
その中で人物の人物である条件をデフォルメして満たし、イラストにしていくわけだが、そうした中で人物の特徴は記号化されていく。
特に美少女に付いて言えば、その過程で女性の女性的な魅力は記号化されていくわけだが、そこで女性の魅力の幾つかは、本来の女性の持つ魅力と乖離する傾向があると感じている。
記号化された美少女というのは、一定の画力を満たしていれば、そのイラストを「美少女的である」と見る人間に感じさせる。
例えば、誰かが落書きで描いたへたくそなドラえもんのイラストが、明らかに下手なのにドラえもんに見えてしまうのと仕組みは同じだ。
それは落書きを描いたときの前提条件が「ドラえもん」であった時点で、その落書きを「ドラえもん」として認識するのと同じように、人物を描いたときの前提条件が「美少女」であった時点で、その描かれた人物を美少女として読み取る能力を日本人の多くが保有しているという事に他ならない。
人間は驚くほど多くのものを「顔」として認識できる。
自動車のヘッドライトが目、ナンバープレートが口に見えてしまえば、車が擬人化されて見えてしまうのもそう遠くはない。
要するに何がいいたいかというとかというと、イラストでかかれた女性はピンからキリまで美少女に見えてしまうので誤解を招きやすい、信用できないという事だ。
なので、表紙に美少女然としたイラストがある小説を警戒するようにしている。
実際に中身を読んでみるまで、判断は出来ない。

読んでみたところ、ヒロインが美少女ではなかった。
全編を通して、ヒロインが魅力的であることには全く触れられていない。
髪が青い事と、偏執的であること、また不潔である事と、ある種の恐怖症を持っていることがかかれているだけで、話し口調の稚拙さも相まって、不細工な印象すら受ける。
原因はハッキリしていて、著者が冒頭で魅力的であることを明記しなかったからだ。
人間が魅力的であることは明記されてしかるべき事だ。
特に、このように特殊なキャラであればなおさらだ。
別に少女が「シャーロック・ホームズの冒険」のワトソンのような立ち位置を貫くのであれば一向に構わない。
話がそれるがワトソンは実はホームズよりずっと若く、インテリでハンサムな青年である事を理解している日本人は少ない。
日本向けに挿絵を書いた人間の画力がなかったか、作品への愛情が足りなかった為に、ワトソン=ヒゲのオッサンキャラが定着してしまった。
この「クビキリサイクル」も表紙絵に病弱で貧相で、不恰好で不潔な青い髪の少女が描いてあれば、誤解を受けなくて済んだかもしれないのに、下手にかわいらしく描いてあるせいで、多くの読者が誤解を受けたであろうことを思うと悔やまれる。
恐らくイラストレーターも中身をろくに読んでいなかったのだろう。

シェイクスピアが劇を書いた時代、女性の美しさを表す形容詞は7種類あったとされる。
現在、英語においてはその形容詞はbeautiful(きれいな)、cute(あいくるしい等、正確な対訳なし)、pretty(かわいい)の3種類に減少し、次点としてlovely(あいらしい)、hot(主に女性のセクシーさに対して「アツい!」の意味)などが挙げられるが、いまだ美しさを表す形容詞として完全に機能しているわけではない。
対して日本語は美しい、可愛い・可愛らしい、愛くるしい、器量が良い、可憐な、あでやか、妖艶な、綺麗なといった直接的な表現に加え、凛とした、清楚なといった補助的な表現、さらに「萌え」という言葉に代表されるアキバ系の新しい日本語、用法がめまぐるしいスピードで産まれつづけていて、女性を形容する言葉には事欠かない。
単純に考えると女性を誉めることを考える場合、英語と日本語では日本語が有利ということになる。
この問題に関しては英語の専門家ではないので、決め付けは良くないが、それだけ多くの単語が存在するという事は、それが必要だという事だ。
登場人物の中でも、49頁で料理人は「凛とした、髪の短い爽やかな女性」と言及されている。
美貌であるとはこれっぽっちもかかれていないが、これは明らかな差別化ではないだろうか。
やはりヒロインは決して「美少女」などではなかったのだ。

作中では殺人事件が起こる。
ミステリー作品の様相を呈してくる。
ここからは若干、ミステリーを読んだ経験があるせいかもしれないが、退屈だった。
ペンキのトリックがあからさま過ぎた。
部屋を見回してみると見えるものがたくさんある。
「何もない部屋」といっても実は部屋というのはそれだけですごい情報を隠し持っているものだ。
例えば、今いる部屋を見回してみよう。

何気なく座っている椅子はホームセンターで800円ほどで買ったパイプ椅子。
ブラックフレームが妙にカッコよく見えて買ってしまったのだが、重宝している。
パソコンデスクはアウトレットショップで3000円で買った物。
木目の板の上にガラスが固定してあるのシンプルなデザインのもので、裏板の部分に細工がしてあり、手前の角を引っ張ると、マウスを操作するスペースが引っ張り出せるが、もっぱらドリンクを置いて使っている。
理由は簡単で、肩がこるのが嫌でマウスを使わないからだ。
何を使うかというと、握りこむタイプのトラックボールを愛用している。
マウスのボールに当たる部分を指で転がして使うのだが、その構造の都合で頻繁に中にホコリだかなんだかが溜まって動きが鈍くなるので、その都度あけて掃除できるようにネジが外してあり、替わりに輪ゴムで止めてある。
貧乏臭く見えるが、なかなか使い勝手が良いので重宝している。
パソコンデスクは左側が壁に接していて、それに向かう僕も壁に追い詰められるような形になっているのだが、部屋の真ん中に机を置くのに比べれば全然落ち着くし、広々とした場所を好む性質でもないので満足している。
唯一、欠点といえばパソコンに向かって考え事をする時に壁に良くもたれかかるのだが、そのうち僕がもたれかかるところだけ変な染みでも出来やしないかという事だ。
別に僕が不潔にしているわけではないが、白いエンボスの壁紙はいかにも白く、例えばもたれかかったときに髪の脂がついたりして、そこから黄ばんだりしないかと少し不安だ。

これが僕から見て半径30センチメートルの世界の事だが、かなりの文章量になったと思う。
これでも、かなり簡潔に書いてあるつもりだが、まかり間違って何か飲み物でも置いてあった日には、それについて書く羽目になって、また文章が伸びる。

これがミステリーの肝だ。

人間が生活するところというのは、無意識に生活しているからそうは思えないだけで、文書にすると恐ろしい情報量になってしまう。
試してみるとわかるが、学校へ持っていく鞄の外見、中身について文章で細かく描写するだけで、軽く夏休みの読書感想文の5倍ほどの量になってしまう。
これがミステリーの肝なのだ。
その恐ろしい量のなんでもない風景、状況を表す活字の嵐の中に、完全犯罪のほころびを隠すのがミステリーの醍醐味だ。
例えば、僕の部屋の場合、トラックボールの中に毒物が隠してあったら読者は気づくだろうか。
「クビキリサイクル」では、トリックに直接関係があることだけが書かれている。
地震の直後112頁で使われた内線電話は出た人間を犯人だと決定づける電話だった。
電話は機械だからどんなトリックでも使え、地震は記録を見ることで確実に時間を確かめる事ができる現象だから、地震の直後に「そこにいないひとに電話」した人間は、トリックを仕掛けられているか、仕掛けてきているに決まっている。
ペンキの密室は「ペンキで密室」が作れないことがわかり安すぎる為、問題外。
鍵のかかる部屋は窓さえあれば密室は簡単に崩れる。
要は犯人は部屋を出れさえすればよいので、縄梯子でも充分事足りる。
242頁では窓枠に鉤を引っ掛けるのは跡がつくからいけないと言っていたが、例えば、窓枠の幅より長いほうきのような物に縄梯子を括りつけ、窓枠に鉤ではなく、ほうきをつっかえさせれば、簡単に梯子は機能する。
その方法であれば、窓枠とほうきの間に雑巾でも挟んでおけば傷も残らない。
方法は出られれば何でもいい。
首の断面に靴型がついてしまったり、死後硬直している死体の背骨を踏み切った時に折ってしまう危険を冒すよりは断然いいだろう。
トリックが何一つ隠されていないのは、小学生の算数の文章問題を解くようで気味が悪い。
自発的に解いているのではなく、解かされている訳だ。
腕時計をはめずに絵描きのところに行った所で、絵描きが本物ではない事が分かるのも面白くない。
せめて、描き上がった絵にも腕時計がなくて、読者が「おや?」と思うような展開が欲しかった。

キャラクターの貧相さも辛かった。
キャラクターの設定資料集のような前半部は特に辛かった。
登場人物の紹介というのは、エピソードやシーンで見せるべきもので、解説すべきものではない。
映画の脚本を考えてみると分かるが、脚本には基本的にはシーン説明と会話しかかかれない。
映画を見る人も劇中の人物の話し言葉から様々な事を読み取る。
そして、それを最初の方に全部済ませてから本編というのはいただけない。
全編を通してあふれ出る人間性(人間味ではない)や魅力というものが薄い。
それは僕がそういう作品を好んだり、そういう文章の書き方を心がけているから余計にそう思うのかもしれない。
イタリアでは薄い味つけの料理が好まれることがあるそうだ。
理由は、イタリア人はテーブルにある塩やコショウ、ケチャップ、チーズといったものを食べ物にかけて、自分好みの味にしてから食べる習慣があるため、最初から味付けが濃いと、味付けが上手くいかず受け入れてもらえないそうだ。
読んでいると登場人物は骨組みの部分でしか設定がされておらず、まるで二次創作をする読者向けに薄味に作ってあるように見える。
なんでもかんでもケチャップまみれにして同人誌を売りさばく読者層を狙っているのだろうか、決して同人誌が悪いといっているわけではないし、それはそれで商売としては良いのかもしれないが、評価は難しい。

唯一魅力的なキャラクターとして登場前の哀川氏が挙げられるが、登場したらなんだかがっかりしてしまった。

それは一重に「キャラクターの細分化」が生み出した弊害だろう。
例えば異性の好みを聴かれた時にどう答えるだろうか。
僕の場合は「好きになった人」としか答えようがなく、強いて言えば「タレ目で眉毛がきりっとしている人」という事になるが、とりあえず妻はそのタイプではない。
ところが今、かなり多くの人が恐ろしくはっきりと異性の好みを自覚している。
憶測の域を出ないが、恋愛シュミレーションゲームが進化する過程で、女性の魅力のタイプが細分化されたことが発端ではないかと考えている。
「ツンデレ」という言葉に代表されるように、異性のタイプをニーズごとに細かく分けて、嗜好を決定する手法が一般化している。
血液型から人間の性格を強引に4種類に分けるのが、乱暴な事ぐらい万人の思うところだと思うが、それが10種類になろうが50種類になろうが、人間の性格やキャラクターをタイプに分けるのが乱暴な事に変わりはない。
哀川氏が登場した瞬間、著者は強引に新しい細分化の枠を切り出そうとしているのがありありと見て取れて正直、興を削がれた。

哀川氏が50代の小太りの女性であったら、どんなに面白いと感じたか分からないが、その望みも潰えた。
恐らく、この作品を呼んでいる読者の多くは作中に妙齢(お年頃という意味、クビキリサイクルに登場した女性は全員妙齢)の女性が出てきたら、何も書いていなくても勝手に何かのタイプの美少女・美女だと決めてかかって読み進めるのだろうなと思うと、つくづく残念な気持ちになる。

評価できるポイントとしては著者がサヴァン症候群という難解な症状を持つ人間に焦点を当てた事だ。
こうしたきっかけからより多くの人が高次神経障害に興味を持ち(ただしサヴァン症候群が高次神経障害だったかどうかについては失念)、理解の輪が広がれば、もう少しだけ良い世の中になるかもしれない。

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